伏木特別地域気象観測所(旧伏木測候所)
経緯と変遷
伏木測候所は伏木港の回船問屋、藤井能三氏により私立伏木測候所として設立された。
海外との貿易を目的に、伏木港の近代化を計画して伏木燈明台を私費で構築した。
明治15年9月に伏木燈明台の一部を伏木庁舎にあて、明治16年4月より観測事務を始め、同年12月1日をもって伏木測候所の創立としている。
富山県伏木測候所は、昭和14年11月1日、国に移管され中央気象台伏木観測所と改称、昭和16年10月25日伏木測候所と改称した。昭和49年11月アメダス一要素(雨量)観測開始、昭和50年12月12日アメダス四要素(気温・日照・雨量・風向風速)観測開始。平成10年3月1日、伏木特別地域気象観測所となった。
伏木測候所沿革
1883(明治16年) | 伏木燈明台に私設伏木測候所設立、観測開始 |
1885(明治18年) | 暴風警報を県庁他7ヶ所に通報開始 |
1886(明治19年) | 伏木港で暴風信号標の掲揚開始 |
1887(明治20年) | 県営に移管され富山県伏木伏木測候所と改称 |
1889(明治22年) | 暴風警報信号柱下に天気予報掲示板を設置 |
1892(明治25年) | 伏木町臥浦字享田に移転(海岸侵食のため) |
1893(明治26年) | 地方天気予報発布、管内気象観測を実施 |
1894(明治27年) | 伏木町に天気予報信号標を設置 |
1895(明治28年) | 地震観測開始 |
1901(明治34年) | 海波観測開始 |
1909(明治42年) | 新庁舎完成(現:高岡市伏木資料館) |
1920(大正9年) | 附属立山観測所で観測業務を開始(立山村室堂) |
1932(昭和7年) | 附属地震観測所で地震観測業務を開始(富山城跡公園) |
1936(昭和11年) | 羽田および大阪飛行場あて気象状況を富山地震観測所から打電開始 |
1939(昭和14年) | 国営に移管、中央気象台伏木観測所となる |
1940(昭和15年) | 管内観測業務、地方天気予報を富山測候所へ移管 |
1941(昭和16年) | 伏木測候所と改称 |
1941(昭和16年)12月1日 | 気象報道管制要領制定 |
1945(昭和20年)8月22日 | 戦時気象通報規定による気象通報の制限解除 |
1947(昭和22年) | 本日、翌日、翌々日、特報、警報の発表官署 |
1954(昭和29年) | 天気予報標識の掲揚を中止 |
1981(昭和56年) | 夜間業務を富山地方気象台へ集約 |
1983(昭和58年) | 創立100周年 |
1998(平成10年) | 特別地域気象観測所へ移行・無人化となる |
2002(平成14年) | 観測局舎完成 |
2005(平成17年) | 高岡市伏木資料館開館 |
2006(平成18年) | 登録有形文化財 |
2017(平成29年) | 塔屋復元 |
大森虎之助と伏木の蜃気楼
大森虎之助は、秋田県生まれで、18歳から秋田測候所に採用されましたが、23歳の時に伏木測候所に転属(明治25年)となりました。「秋田測候所から凄腕の大森虎之助君を迎えた」と評されていたほど、注目されていたようです。
明治33年から大正10年まで伏木測候所所長として勤務し、富山県で過ごしました。蜃気楼のような珍しい現象などについても熱心に研究したとのことです。しかし、明治41年~昭和4年以降、伏木で以前のような大規模な蜃気楼が出現することは無くなったと言われています。
富山湾の蜃気楼といえば、魚津が有名ですが、当時は伏木でも研究されていたのですね。
伏木測候所と高層気象観測
伏木測候所附属立山観測所として観測するようになったのは、大正9年8月1日からです。大森虎之助は、より正確な天気予報を行うため、観測箇所を増やすだけでなく、高層気象観測が必要だと考えました。当時中央気象台が高層気象観測に乗り出したのは昭和7年のこと(富山山頂)で、伏木測候所から約10年遅れた動きでした。
伏木測候所附属立山観測所の観測データは中央気象台にも報告され、全国的に高層気象観測の必要性が高まっていくきっかけになったのかもしれません。
中央気象台が高層気象観測(富士山頂)に乗り出す約10年前に、伏木測候所附属立山観測所(室堂)は先駆けて高層気象観測を開始していたことは凄い!!
大森虎之助と台風
当時の予報は、中央気象台で作成し各測候所へ電報で知らせるという方法でした。
大正10年9月24日の時点では、台風は北東進して八丈島方面に進むと予想していましたが、9月25日の夜、中央気象台は北上する予想に切り替え、警戒電報を発しました。
電報局経由で配達されたこの情報は、伏木測候所では所長が既に退庁していて、観測員が電報を受け取り机の上に放置したままでした。この結果、26日未明に富山湾沖に台風が到達し、出漁中の漁船約150隻、乗組員約500名が行方不明となる大惨事となってしまいました。
県議会は、測候所の対応について、当時所長であった大森虎之助の責任が厳しく追及されました。
伏木特別地域気象観測所(旧伏木測候所)の変遷
富山地方気象台ホームページ
伏木気象資料館
高岡市ホームページ
